「トークンエコノミー」を活用した子育ての工夫
「何度言っても、なかなか宿題を始めてくれない」
「片づけるように言っても、いつまでも遊んでいる」
「毎日同じことを注意しているうちに、ついイライラしてしまう」
お子さんの行動について、このような悩みを抱えている保護者の方は少なくありません。
特に、ADHD(注意欠如・多動症)の傾向があるお子さんの場合、やるべきことがわかっていても、すぐに行動を始められなかったり、途中で気がそれてしまったりすることがあります。
そんなとき、家庭での工夫の一つとして活用できるのが「トークンエコノミー」という方法です。
今回は、トークンエコノミーの仕組みや具体的な取り入れ方、実践するときに気をつけたいことについてご紹介します。
1.トークンエコノミーとは?
トークンエコノミーとは、望ましい行動ができたときに、シールやポイントなどの「トークン」を与え、一定数が集まったら、あらかじめ決めておいた報酬と交換できるようにする方法です。
例えば、次のような仕組みです。
- 自分から宿題を始めたら、シールを1枚もらえる。
- 翌日の学校の準備ができたら、シールを1枚もらえる。
- シールが5枚集まったら、好きな遊びを選べる。
このように、目標となる行動と、その行動によって得られるものを結びつけます。
トークンには、シール、スタンプ、ポイント、コインなど、さまざまなものを使うことができます。
大切なのは、子どもが「何をするとトークンをもらえるのか」「集めると何ができるのか」を理解できることです。
トークンエコノミーは、行動療法で用いられる方法の一つで、家庭や学校での行動支援にも活用されています。
2.なぜ、トークンエコノミーが役立つのでしょうか?
ADHD傾向のあるお子さんの中には、先のことを考えて行動したり、目の前の楽しみをいったん我慢して課題に取り組んだりすることが難しい子どもがいます。
例えば、「今、宿題を終わらせておけば、明日の朝は楽になるよ」と説明されても、その先にあるメリットを行動につなげることが難しい場合があります。
一方、宿題を始めた直後にシールがもらえる仕組みがあれば、今の行動と、その結果として得られるものとのつながりがわかりやすくなります。
トークンエコノミーには、次のような利点があります。
① 何をすればよいのかがわかりやすくなる
「ちゃんとする」「いい子にする」といった曖昧な目標では、子ども自身も何を求められているのかわからないことがあります。
トークンエコノミーでは、「帰宅したらランドセルを決められた場所に置く」など、具体的な行動を目標にします。
何ができればよいのかが明確になることで、子どもも取り組みやすくなります。
② できたことを実感しやすくなる
子どもが目標を達成したとき、シールやポイントという目に見える形で成果が残ります。
自分がどれだけ取り組めたのかを確認できることは、達成感にもつながります。
特に、日頃から注意されることが多いお子さんにとっては、自分ができたことに目を向ける機会にもなります。
③ 親子のやりとりを変えるきっかけになる
子どもが望ましい行動をしたときに、それを認めて伝えることは大切です。
しかし、毎日の生活の中では、できていないことや困った行動に目が向きやすくなります。
トークンエコノミーを取り入れると、「今日は何ができたかな」と、子どもの行動の中から評価できる部分を探す機会が生まれます。
子どもの行動を具体的に認めることは、親子のやりとりを見直すきっかけにもなります。
3.トークンエコノミーを家庭で取り入れる方法
それでは、実際に家庭で取り入れるときには、どのような点に気をつければよいのでしょうか。
ステップ1:困っている行動を一つ選ぶ
最初に、家庭で困っている行動を整理します。
例えば、次のようなものです。
- 朝の支度がなかなか進まない。
- 宿題を始めるまでに時間がかかる。
- おもちゃを片づけられない。
- 翌日の学校の準備を忘れてしまう。
ここで大切なのは、最初から多くの目標を設定しないことです。
「朝の支度も、宿題も、片づけもできるようになってほしい」と思うかもしれませんが、複数の行動を同時に目標にすると、子どもも保護者も負担が大きくなります。
まずは、親子が特に困っている行動を一つ選びましょう。
ステップ2:具体的で達成しやすい目標にする
目標は、子どもが何をすればよいのかを具体的に理解できるものにします。
例えば、「宿題をきちんとする」という目標では、どこまでできれば達成なのかが曖昧です。
そこで、次のように変更します。
- 宿題を始める時間になったら、机に座る。
- 親に声をかけられたら、宿題を一問始める。
- 帰宅したら、ランドセルを決められた場所に置く。
最初は、少し頑張ればできる程度の目標から始めることがポイントです。
例えば、これまで宿題を始めるまでに30分かかっていたお子さんに、いきなり「帰宅したらすぐに宿題を全部終わらせる」という目標を設定すると、達成が難しいかもしれません。
まずは、宿題を始めるところまでを目標にするなど、行動を小さく区切ってみましょう。
ステップ3:どのようなトークンを使うか決める
目標が決まったら、シールやスタンプなど、どのようなトークンを使うかを考えます。
例えば、次のような方法があります。
- 台紙にシールを貼る。
- カレンダーにスタンプを押す。
- ポイントを紙に記録する。
- 瓶や箱にコインを入れる。
年齢や興味に応じて、子どもが楽しんで取り組めるものを選ぶとよいでしょう。
低年齢のお子さんには、目で見てすぐにわかるシールやスタンプが使いやすい場合があります。
一方、小学校高学年以上のお子さんには、ポイント制や自分で記録する方法が合う場合もあります。
ステップ4:トークンと交換できる報酬を決める
トークンが集まったら、何と交換できるのかをあらかじめ決めておきます。
例えば、次のような報酬が考えられます。
- 好きなゲームをする時間を設ける。
- 親と一緒に遊ぶ。
- 好きな本を読んでもらう。
- 休日の遊びや活動を選ぶ。
- 好きなカードやシールを選ぶ。
高価なプレゼントを用意する必要はありません。
子ども自身が楽しみにできることを、一緒に考えることが大切です。
また、報酬は家庭で無理なく実現できるものにしましょう。
例えば、「シールが10枚集まったら、週末に公園へ行こう」と決めても、毎回実現するのが難しければ、別の報酬を考える必要があります。
保護者が無理なく続けられることも、仕組みを考えるうえで大切なポイントです。
ステップ5:できたら、すぐにトークンを与える
目標となる行動ができたら、できるだけ早くトークンを与えます。
例えば、子どもが自分でランドセルを片づけたら、
「自分でランドセルを置けたね。シールを1枚貼ろう!」
と伝えます。
単にシールを渡すだけでなく、何ができたのかを具体的に言葉にすることも大切です。
「すごいね」と褒めることもよいのですが、「声をかけられたあと、自分で宿題を始められたね」と伝えると、子どもは何が評価されたのかを理解しやすくなります。
特に、行動を身につけている途中では、できたことをその都度認めることが役立ちます。
4.トークンエコノミーを実践するときの注意点
トークンエコノミーは、シールやポイントを用意すれば必ずうまくいくというものではありません。
実際に家庭で取り入れるときには、いくつか気をつけたい点があります。
① できなかったことを責めない
目標を達成できなかったときに、「どうしてできないの?」「約束したでしょう」と叱ってしまうと、子どもにとってトークンが新たなプレッシャーになることがあります。
目標を達成できなかったときは、すでに獲得したトークンを取り上げるのではなく、次にできる機会を作りましょう。
例えば、宿題を始められなかったのであれば、
「何が難しかったのかな?」
「どうしたら始めやすくなるかな?」
と、一緒に考えてみます。
トークンを失うことを強調するよりも、望ましい行動をしたときに獲得できる仕組みから始めると、取り組みやすくなります。
② 目標が難しすぎないか確認する
何度試しても目標を達成できない場合、子どもの意欲だけが問題なのではないかもしれません。
例えば、宿題を始められない背景には、課題の難しさや疲れ、注意を切り替えることの難しさなどがある場合もあります。
そのようなときは、目標をさらに小さくしたり、取り組む環境を整えたりすることを検討します。
トークンを与えることだけにこだわらず、子どもが行動しやすい条件を整えることも大切です。
③ 子どもにとって魅力のある報酬を選ぶ
大人がよいと思う報酬と、子どもが欲しいと思う報酬は異なることがあります。
せっかくポイントを集めても、交換できるものに興味がなければ、子どもは取り組む意欲を持ちにくいでしょう。
どのようなことが楽しみなのか、子どもと一緒に考えてみましょう。
また、同じ報酬でも、子どもの年齢やそのときの興味によって魅力が変わることがあります。
うまくいかない場合は、報酬の内容を見直してみることも必要です。
④ 保護者が頑張りすぎない
トークンエコノミーを始めると、目標を増やしたり、細かなルールを決めたりしたくなるかもしれません。
しかし、仕組みが複雑になると、毎日の運用が難しくなります。
最初は、目標を一つ、トークンの種類も一つにするなど、できるだけ簡単な形から始めましょう。
毎日完璧に実施することよりも、親子にとって無理なく続けられることが大切です。
5.トークンエコノミーは「ご褒美で言うことを聞かせる方法」?
トークンエコノミーについて、「ご褒美がないと何もできない子になってしまうのでは?」と心配される保護者もいらっしゃるかもしれません。
確かに、報酬をどのように使うかは大切なポイントです。
トークンエコノミーの目的は、子どもを報酬で動かし続けることではありません。
望ましい行動を具体的に示し、できた経験を積み重ねることで、その行動を身につけやすくすることが目的です。
例えば、最初はシールをもらうことを楽しみにして宿題を始めていた子どもが、次第に宿題を始めることに慣れ、以前よりもスムーズに取り組めるようになることがあります。
行動が安定してきたら、子どもの様子を見ながら、トークンを与える頻度や報酬の仕組みを少しずつ調整していきます。
ただし、報酬を減らせば必ず自然に行動できるようになるわけではありません。行動が再び難しくなった場合には、目標や支援方法を見直すことも必要です。
また、トークンの有無にかかわらず、子どもの努力や工夫を認めること、親子で楽しい時間を過ごすことも大切にしたいところです。
6.子どもの「できた」に目を向ける
子育てをしていると、どうしても、できていないことや困った行動に目が向きやすくなります。
何度注意しても改善しない状況が続けば、保護者が疲れてしまうのも無理はありません。
一方、子ども自身も、注意されることが増えると、自信を失ったり、どうせ頑張っても認めてもらえないと感じたりすることがあります。
トークンエコノミーは、そうした毎日のやりとりを見直すきっかけにもなります。
最初から大きな変化を求める必要はありません。
昨日より少し早く行動を始められた。
一度の声かけで動き出せた。
途中で気がそれても、もう一度取り組めた。
そのような小さな変化を見つけ、具体的に認めていくことが大切です。
もちろん、すべての困りごとがトークンエコノミーで解決するわけではありません。お子さんの発達の特徴や困っている状況に応じて、指示の出し方や環境を整えること、課題を小さく分けることなども組み合わせていきましょう。
子どもができないことを責めるのではなく、どうすればできるようになるのかを考える。
トークンエコノミーを、そのような視点で子どもの行動を支えるための一つの方法として、活用していただければと思います。
CDC「Parent Training in Behavior Management」 — ADHDのある子どもへの行動支援や保護者トレーニングについて。CHADD「How Rewards and Punishment Work for Children with ADHD」 — 報酬を与えるタイミング、努力への評価、報酬を取り上げる際の注意点について。University of Washington「CBT+ Home Token Economy Guide for Therapists」 — 家庭でトークンエコノミーを導入する際の手順や報酬の設定例について。

